もしも、義和団に日本が影響されていたら
もしも、義和団に日本が影響されていたら 20世紀初頭、当時の中国、清国内では「義和団(ぎわだん)」と呼ばれる宗教的秘密結社が勢力を強め、外国人を襲撃する事件が起きていた。世に言う「義和団事件」である。清の最高権力者であった西太后(せいたいご…
続きもしも、義和団に日本が影響されていたら 20世紀初頭、当時の中国、清国内では「義和団(ぎわだん)」と呼ばれる宗教的秘密結社が勢力を強め、外国人を襲撃する事件が起きていた。世に言う「義和団事件」である。清の最高権力者であった西太后(せいたいご…
続きもしも、卑弥呼がカリスマ毒舌占い師だったら 時は弥生時代後期の3世紀中頃。当時の日本は小さなクニ同士が争いを繰り広げていた。その中で、邪馬台国と呼ばれるクニが周囲の国々をまとめて、その勢力を拡大していた。その邪馬台国のトップに君臨していたの…
続きもしも、「ニューカトリック」が日本に広まっていたら 時は16世紀中頃。カトリックの一派であるイエズス会から派遣れたスペイン人宣教師フランシスコ・ザビエルは、数名の宣教師と彼から洗礼を受けた「やじろう」という日本人通訳を連れて日本に上陸。我が…
続きもしも、生麦事件で薩摩藩が謝罪していたら 1862年、薩摩藩最高指導者の島津久光は、幕府に幕政改革を促すため、約700人の軍勢を率いて江戸へ向かった。その帰路のこと、現在の横浜市鶴見区生麦付近で大事件が起こった。薩摩藩士が行列を遮ったイギリ…
続きもしも、大化の改新が失敗していたら 時は7世紀中頃。聖徳太子の死後、有力豪族蘇我氏がわがもの顔で政治を独占していた。そして643年、蘇我氏にとって邪魔者であった聖徳太子の息子、山背大兄皇子(やましろのおおえのおうじ)が蘇我入鹿(そがのいるか…
続きもしも、モンゴル軍が東西から攻められていたら 時は13世紀の初め。強大な力を持っていたモンゴル帝国は、西のマムルーク朝(エジプト)、東の南宋、そして日本へと怒涛の侵攻を見せていた。この時 ―当時鎌倉時代の日本で起きた、モンゴル軍による2度に…
続きもしも、松永 久秀が爆弾魔だったら 室町時代末期――幕府の権威は、各地で現れた戦国武将によって揺らぎつつあった。主君に下剋上を起こして、畿内一帯に勢力を拡大した三好氏。守護代の家柄から、実力で尾張を統一した織田氏。そして、そんな激動の時代を…
続きもしも、小野 妹子が女だったら 仏教保護、十七条憲法、冠位十二階…。飛鳥時代は古代日本を大きく変えた一時代である。発展の功労者・聖徳太子が次に目を付けたのは大国・隨(中国)との交流であった。数ある候補者の中から選ばれた初めての遣隋使とは!
続きもしも、本能寺の変の契機が誰かさんの愚痴だったら 1582年6月21日、本能寺の変。織田信長の重臣である明智光秀が突然の謀反を起こし、信長を討ち取ると言う、現在でも有名な、戦国時代のクーデターの一つである。有名な事件故に多くの黒幕説が絶えな…
続きもしも、縄文時代の日本に秦からの船が現れたら 秦を治め、栄光を手に入れた始皇帝は、不老不死の薬を手に入れるために遠い東の国、日本に使いを派遣する。嵐に流され、彼らがたどり着いた先は、縄文時代の日本の小さな村だった・・・。
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