NEW! 2026.05.26

【石川編】もしも、加賀が日本の文化首都だったら

1631年、江戸幕府3代将軍徳川家光の時代。
大藩である加賀家は再三幕府から睨まれながらも、なんとか戦局を乗り切ってきたが、
老中・土井利勝による追及を受ける事になる。 これを当時の年号をとって「前田家寛永の危機」いう。
利常は家臣の横山康玄に利勝との答弁を任せ、 加賀藩存続に関わる幕府の難癖をなんとか乗り切った。
しかし利常は、何をしていてもどうせ睨まれるんなら、好き放題やったほうが楽だ〜と開き直る。
そこから利常は人が変わったように振る舞い、周囲から鼻毛殿やバカ殿と呼ばれるようになる。
しかしこれは利常の仮の姿に過ぎず実は裏で大胆な事を画策していた。
それは加賀・石川に文化人のための都を造ろうと画策していたのである。
多くの著名人を石川に招集し、いざ、都の建設へ。
果たして利常の画策は上手くいくのか…
幕府にバレて取り潰しにされるのか…
利常の戦いが今、はじまる。