NEW! 2026.05.19
【奈良編】もしも、厩戸皇子が神道を信仰していたら
欽明天皇の時代に、百済から仏教が伝来した。
仏教を推す崇仏派と仏教を受け入れない排仏派に別れて、いざこざが起きていた。
当時の日本には古来より、八百万の神々を信仰する人達が多くおり、 新興勢力の仏教はなかなか受け入れられなかった。
ある時、疫病が蔓延しそれを仏教のせいだと主張した排仏派による破壊活動が起きる。
この時は一方的な戦いに終わったが、それから数年後、またもや疫病が発生。
排仏派はまた仏教のせいだと戦の準備を始める。
黙っていられない崇仏派は戦を決意する。 崇仏派と排仏派の戦いのゆくえはいかに…
その後の未来にどのような影響をもたらすのか…
厩戸皇子が信じたものとは一体なんだったのか…
2つの解釈でその未来を見届けよう。
